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沖縄研修道場へ
2025年12月24日(水) 23時34分 カテゴリ: その他
こんばんわ、沖縄へ、コンサートの視察 にいき、ブログお休みしておりました。 沖縄にあります、研修道場に行きました。 以下、hpより 沖縄研修道場は、米軍の核ミサイル「メースB」基地跡地(恩納村)に1977年に開設され、戦争の愚かさと平和を伝える「世界平和の碑」(ミサイル発射台を利用)や「人間革命の碑」が建立され、核の脅威の歴史を伝える平和発信拠点です。創価学会が土地を取得し、池田大作氏の提案で跡地を平和施設として活用、一般公開されています来年以降、ギターで、皆さんを勇気と 元気を与える為、クラシックギターの 演奏のために、核兵器施設を視察して 来ました。 絶対に戦争は、悪と言うメッセージを こめ、アルハンブラ、禁じられた遊び、 花は咲く、を演奏予定です。 もともと、ここは、核兵器の施設でした。 その跡地を見学。 以下hpより ミサイル発射台の様子 恩納村にある創価学会沖縄研修道場は、かつての米軍「核ミサイルメースB基地」跡地に建設されました。 太平洋戦争で凄惨な地上戦が繰り広げられた沖縄では、12万人余の県民を含む、約20万人が犠牲に。日本の主権回復後も、沖縄はアメリカの統治下に置かれ、東西の冷戦を背景に、大規模な米軍の基地が、次々と作られました。1960年代、広島原爆の70倍の威力を持つ核ミサイル「メースB」が4つの基地に配備。恩納村のこの場所は、その一つでした。 ミサイル発射台の様子
恩納村にある創価学会沖縄研修道場は、かつての米軍「核ミサイルメースB基地」跡地に建設されました。
現在の「世界平和の碑」
1976年、恩納村のミサイル基地跡を含む土地を創価学会が取得。研修道場として整備を開始。 1983年3月、池田先生が、沖縄研修道場を視察。「永遠に残そう。『人類は、かつて戦争という愚かなことをしたんだ』という、ひとつの証として」との提案で、敷地内に残っていたミサイル発射台は、6体のブロンズ像が建つ「世界平和の碑」へと生まれ変わりました。
そして、館長さんに、お話を、伺いました。 今では、戦争を、知らない方が多くなり、 この残虐な戦争を、絶対にしてはいけない、 という思いで、かたってくれました。 当時の様子を、直接みた方を集めて、 何百枚の絵にして、展示する事ができました。 その残虐な絵の描写が赤裸々と、絵がかれ 見るものの想像を越え、恐怖と、絶望の が、走馬灯かのように脳裏に映ります。 今では、中学、高校の修学旅行や、テレビ 池上彰まで、こられて、勉強して、変えられ るそうです。 沖縄にはかつで、1300発ほどの、核ミサイル が存在しておりました。 そして、メースBが4つの基地に、存在して おりました。 今では、創価学会が展示している沖縄 研修道場のみと、なりました。 回りは、沖縄固有種の植物や、花が あふれ、訪れた人々を歓迎して くれるようでした。 次回のブログ ぴーちゃん最終章 です。⭐
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